2025年5月29日、福山市で起きた痛ましい事故についての続報がありました。
7年前、市立保育所で離乳食を食べていた1歳の園児が意識不明となり、現在も介護が必要な状態が続いています。事故の原因は、スライスされたリンゴが喉に詰まり、窒息状態となったとみられています。
市はこの事故について責任を認め、裁判所より提示された損害賠償として2億7000万円を支払うことで和解する見通しです。賠償額は例をみないほど高額であり、幼保業界の経営を根底から揺るがしかねないほどインパクトのあるものです。
「防げたかどうか」よりも問われるのは「体制が整っていたか」
この事故に関して重要なのは、回避可能だったかどうかだけではありません。
実際、この児は1歳0ヶ月であり、喉に詰まるという事態を完全に防ぐのは現実的に難しかったでしょう。以下に市による事故調査報告書を見ても、園に何ら落ち度はなかったように見えます。
当該保育所は以下の点で一定の対応をしていたことが確認されます:
- 食事の形状や提供方法に関する基準・マニュアルを整備
- 緊急時の対応も適切に実施
- 園内での体制や人員配置に著しい問題は見られなかった
つまり、法的な「過失」があったとは言いがたいにもかかわらず、高額な賠償責任が課せられたというのが今回のケースの特徴です。
高額賠償と業界への影響
保護者の苦しみと、重度障害を負ったお子さんの将来への支援が必要であることは疑いようがありません。
しかし、「過失がない場合でも重い賠償責任を負わされる」という前例が残ることで、保育現場が委縮し、特に0~1歳児の受け入れを躊躇する事態も懸念されます。
これは医療業界でも「防衛医療」「萎縮医療」という形でたびたび指摘されてきたもので、社会的に重要なサービスの提供自体が萎縮する可能性があります。
たとえば:
- リスクの高い年齢層の受け入れを断る
- 一部の食材を一律に禁止する
- 職員の心理的負担が増大し、離職率が上がる
学校医・園医が果たす役割
こうした状況下で、あらためて注目すべきなのが「学校医・園医」の制度と役割です。
保育現場は医療の専門家ではなく、医療的リスク判断や緊急時対応について常に最適な判断を下すのは困難です。
そこで、学校医・園医の関与が以下のように機能します:
● 安全マニュアルの見直し支援
年齢別のリスク(特に0~1歳児)に応じた食材の形状・提供方法の医学的監修。
● 職員研修の医療的監修
窒息リスクのある食材への知識や、緊急時の初期対応について定期的な研修を行い、職員の判断力を高める。
● 保護者との橋渡し
特に離乳食初期の子どもに関して、医師が関与することで、保護者の不安を和らげ、信頼性の高い対応につながる。
● 第三者的な説明責任の補強
万が一事故が起きた際にも、外部医療者の記録・関与があることで、園が「できる限りの対応をしていた」という客観的証明になり得る。
法的には義務、それでも不十分な「学校医」
実は、幼稚園・認定こども園・保育所も、学校保健安全法によって学校医の選任が義務化されています。
学校保健安全法 第20条
「学校には、校医、学校歯科医及び学校薬剤師を置かなければならない」
しかし、多くの自治体や園では、非常勤・形式的な学校医の名義登録にとどまり、実際の園運営への関与は極めて限定的です。
セミフルタイム専属学校医が必要な理由
今回のような事故は、食事内容・介助方法・園児の月齢・発達特性など、高度に個別性のある医療的視点を必要とする判断の連続です。
このような判断を現場の保育士のみに任せるのは酷であり、週の半分以上常駐する学校医の支援が不可欠です。
最後に
子どもを守るのは、現場職員の努力だけではありません。
保育士と保護者の間に立ち、専門的視点で安全を担保する「専属学校医」こそ、今の時代に不可欠な制度インフラです。
「過失の有無」だけで保育現場を裁くのではなく、事故を未然に防ぎ、事故後も正確な初動と記録が取れる体制を──
それこそが、子どもを守り、現場を守り、社会を守る道です。
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